健康チェックキット「うちのねこといっしょ」
開発担当者と監修した大学教授が語り合う
セルスペクト株式会社は、安心・安全な猫用品を取り扱う株式会社クロス・クローバー・ジャパン(盛岡市)と共同で、 猫の健康ケアのため、家庭で簡単に検査ができるキットシリーズ「うちのねこといっしょ」を開発し、6月に販売を開始しました。これを受けて、開発を担当した当社の北條渉が、監修していただいた麻布大学の島津德人教授と対談。
2人の話は、検査キットから始まり、歯周病の話、そして猫をはじめとする動物、さらには人の健康にまで及びました。
聞き手/内澤稲子 (猫の事務所)
対談日/2023 年 6 月 1 日 場所/麻布大学 いのちの博物館 (神奈川県相模原市)
新商品のきっかけは島津先生
きょうは、猫の健康をチェックするキットを開発した北條さんと、動物の歯周病について研究なさっている島津先生に対談していただきます。猫の検査キットの開発には、島津先生の研究が大きく関わっているということですよね。
北條 渉(以下、北條): 今回の商品には、口腔内検査、尿検査、猫が飲む水の水質検査の 3 種類の検査キットがあります。
猫のオーラル用キットの開発に関しては、もともと当社に人間用の検査キットがあったため、ゼロからのスタートではありませんでした。しかし、動物用に使うという考えはなく、島津先生の「動物でも使ってみたい」という 1 本の電話から始まったのです。
島津 德人(以下、島津): 僕は 3 年前、麻布大学にある「いのちの博物館」の館長に就任しました。ここには、いろいろな動物園で飼育されていた動物の骨格標本が展示されています。その標本をよく見ると、どの動物にも歯周病の痕跡が残っていることに気づきました。野生の環境で育った動物には、歯周病は起こりにくいといわれていますが、 犬や猫など、ペットの歯周病は以前から問題になっていました。ということは、人に飼育されると発症するのか。もしかしたら、人の歯周病が動物にうつるのか。ペットだけでなく、動物園・水族館で飼育されている動物、あるいは野生動物にも歯周病菌がいるのか、いないのか......。調査し始めると、実は結構、いろいろな動物に感染していることが分かりました。
人が動物に菌をうつすから、逆に動物が人にうつすから悪いということを証明したいのではありません。人と動物の関わりというところまで視野を広げてみると、地球に誕生してから現在まで、人はいろいろな動物と一緒に進化してきました。これからも一緒に進んでいくための距離感をどう保っていけばいいのか。そのことを考えるとき、歯周病が一つの指標にならないかと思いました。
歯周病を知るためには、その口腔内環境の調査が必要不可欠です。そのため、簡易で、短時間でできて、低コストの検査キットはないかと探しているとき、セルスペクトさんの「おくちでちぇっく!」が目に止まりました。このキットは唾液中の pH とヘモグロビンを測定できます。口腔内環境を明瞭な数値として調べることができそうだったので、 面白いなと思いました。犬猫用の歯周病検査キットは売られているのですが、犬猫以外の動物の唾液の pH とヘモグロビンは、誰も測ったことがありません。その数値を知る上でも我々の目的に合致していたので、すぐに飛びついてお願いしたのです。
北條 : 島津先生からいただいた動物に使うというアイデアと、岩手県内でコラボレーションできるクロス・クローバー・ジャパンさんというパートナーが見つかったことで、猫専用キットの開発に至りました。
当初、唾液の pH に関しては、一般的に猫のほうがアルカリ性というところまでしか分かりませんでした。できるだけ多くの文献・論文を調べた結果、健康な猫の唾液 pH は、およそ pH 7 から pH 8.5 の間くらい。しかし、その設定は猫にとって本当にいいのかどうかというところが一番、苦労した点です。その点に関しては、いろいろな動物の調査で島津先生に当社のキットを使っていていただいているお陰で、先生の知見を参考にさせていただくことができました。
野生動物も歯周病に感染 ?!
ペットが歯周病になるのは、人間と同じ環境で生活しているからでしょうか。とすると、人との接触がある動物園の動物はもしかしたらと思いますが、野生の動物ではどうですか。
島津 : 野生の環境で育った動物も口の中で病気が起こるのは事実ですが、いわゆる人の細菌感染による歯周病はないはず、と思いきや、調べると感染していて、国内ではアザラシから検出されました。アザラシは沿岸に生息していますので、人の生活環境との距離が比較的近いです。人間の生活エリアに入ってきているということで、野生動物は我々が思っているほど野生ではないんですね。
歯周病の原因となる歯周病菌は、唾液を介して感染することが分かっています。動物園や水族館の動物でも歯周病が発症していますが、飼育員との間で唾液を介した感染は起こりにくいだろうと考えています。もしかしたら、我々が全く気づいていないところに感染経路があるかもしれないし、そもそも人のものではなく、もともと動物の病気だった可能性もあります。それは全く分かりません。また、食べ物の影響や、寿命が延びたことも大きいかもしれません。本来であれば発症する前に亡くなっていたのが、高齢化することによって発症が目立ってきているとも考えられます。
人も猫もお口のチェックを大切に
生物は何千年、何万年という時間をいろいろな菌やウイルスと一緒に過ごしてきたと思いますが、時代とともに口の中の様子も含めて変わってきているのでしょうね。
島津 : 食べ物が変われば変わりますし、我々の口腔内の菌叢も時代によって大きく変化してきています。ただ、人の歯周病学は治すことがメインなので、歯周病菌が、そもそもどこからきたのか、ということは全く分かっていません。
動物の高齢化の話をしましたが、人も高齢化により病気を発症します。今、歯周病といろいろな病気との関連が非常に注目されていて、歯周病を予防することでほかの病気の発症を抑えられるのではないかと考え、国が動き始めています。医療費が膨れ上がるのを避ける目的で、歯周病予防のための「国民皆歯科検診」が始まります。
実は、先進国の中でも日本人は、最も自分のオーラルケアに関心がない国民と言われていて、それがペットにもつながっています。皆歯科検診が始まれば、自ずと自分たちの口腔の健康に関心を持つし、そうなると動物を飼っている人は「じゃあ、うちの犬は」「猫は」と興味を持つようになるでしょう。逆に、猫の検査キットに興味を持って、それを定期的に使おうと考えるなら、「自分はどうだろう」と思うようになりますよね。
北條 : 寿命が延びたことによって、人も動物もだいたい同じような生活習慣病にかかるようになってきました。糖尿病しかり、腎疾患しかり、歯周病しかり。ペットだから、犬猫だから人間と違うというのではなく、 同じ生き物として同じ生活圏にあるということは、同じような病気にかかりやすくなることなのです。だから、健康チェックは非常に重要です。
今回の検査キットは、医療用ではない健康チェックレベルの製品であるものの、手を汚さずに尿検査ができますし、水の検査はあえて実験用のガラスの試験管のような形状にして、「自分が猫のために、こんなに本格的なことをしている」という気分になれるようにしました。使いやすく、使っていて楽しいと、またやってみようと思えるでしょう。そうやって、普段から気をつけることが大事だと思っています。
当たり前ですが動物は喋りませんので、あるとき気になったからとチェックを始めても、その結果が異常なのか、いつも通りなのかが分かりません。ずっと継続してチェックして、ある日いつもと違う傾向が出たら、それが気づきになると思います。
島津 : ぐったりするような症状が現れたら手遅れなんですよ。私たちの虫歯も痛くなったときには、もう手遅れですよね。そうなる前の状態を評価して、悪くなる前、あるいは本当に初期の段階で抑えられるなら抑えたい。そのためには検査が必要だという認識を持ったほうがいい。それは、動物も人も同じです。
検査で知る、いつもとの違い
動物も人間も同じですね。ところで、このキットを使って行う検査の頻度やタイミングは、どうしたらいいのでしょうか。
北條 : 私の考えでは、人と同じで構わないと思います。自分の体調に耳を傾けつつ、ちょっと放置するかもしれませんが、やはり 2 カ月から 3 カ月に 1 回は病院に行きたいなと。ですので、それくらいの間隔を推奨しています。もちろん飼い主さんの感覚に合わせることも必要です。飼い主さんの負担にならない程度に「いつもの状態」をチェックしていただければと思います。
島津 :「おくちであ~ん」で考えると、そもそも歯石がたくさんついている状態では結果が同じなので、病院で歯石を取ったあと、あるいは、まだ個体が小さくて歯石がついていない状態であれば、3 カ月から 6 カ月に 1 回でいいと思います。だんだん歳をとってきて歯石の沈着が目立つようなら 3 カ月に 1 回と、間隔を短くするほうがいいでしょう。
北條 : 今回のキットは予防や治療、診断をすることが目的ではなく、健康チェックとして測定結果を得ることで、健康管理における「気づき」を考えたり、そこから獣医さんを受診しようという動機づけのためのものです。検査によって自分が飼っているパートナーの様子を、より詳しく知ることができるというメリットがあると思います。
気づくきっかけを与えてくれるものなのですね。では、最後にお聞きします。人間と動物、どちらも健康で毎日を暮らしていくために大事なことは何だと思われますか。
島津 : 一般的な健康のイメージは、病気か病気ではないかという線引きがあり、その線によって健康・不健康の判断をすることが多いように思います。でも、風邪を引いたから不健康なのではなく、ちゃんと治れば健康なわけですよね。肉眼的に、あるいは機能面で何かあるとか、検査をして異常が出たりすることがあっても、自分の人生で寿命を全うするとき、そこに至るまでの自分にとっての生活の質が担保できていて、総じて幸せだったと思えるなら、健康なのかなと思っています。 自分たちが不健康な生活をしているのに、犬や猫の健康を心配して病院に連れていく、ということではなく、まず自分が健康になれる環境を整え、そこに動物を迎え入れたら、きっと動物も健康になりますよ。
北條 : 私たち人間でも、「ちょっと調子が、いつもと違うな」ということがあっても、病気として診断がつくほどでもないことが、しばしばあります。動物がそういう状態であっても、外見からは分からないことが多いので、早く気づいてあげられたらと思います。
島津先生と北條さんのお話をお聞きしていると、動物を通じて自分の健康に対する意識が高まるきっかけにもなりそうです。きょうは、ありがとうございました。