Vol.51 「殺菌できるプラスチック素材が誕生。製品化容易に」
2022年10月14日 最終更新 セルスペクト(株)科学調査班編集
照明を利用して、新型コロナなどのウイルスや菌を殺す「光触媒」の技術を用いた、ポリ袋ほどの薄さのプラスチック素材を、カナダのクイーンズ大が開発した。
殺菌力が確かで、非常に軽く、丈夫な素材。低コストで生産できることから、医療現場で使い捨てされているマスクやガウン、帽子などの医療用防具の材料になると期待されている。
新型コロナウイルスは、プラスチックなどの硬い物質の表面で72時間生存する。インフルエンザウイルスや、抗生剤が効かないスーパー耐性菌は、4~5日も生き続けると言われている。
殺菌作用を持つ素材として、2020年頃から金属の銅※が注目されていたが、堅く重い銅を製品に取り入れることが難しかった。
(※銅の表面に付着した新型コロナウイルスは、約30分で不活性化し、4時間後には完全に死滅すると、2020年に米国立衛生研究所が発表した)
そんな中、クイーンズ大の研究チームは、光触媒を用いたプラスチックの新素材を開発。
光触媒とは、「酸化チタン(TiO2)」に、紫外線を当てると起こる殺菌作用のこと。酸化チタンが空気中の酸素と水の結合を促し、発生した“活性酸素”がウイルスや菌を殺す。
しかし、プラスチックに酸化チタンを混ぜ込むと、光触媒が起こらないことから、光触媒の製品は、酸化チタンをコーティングしたもの等にとどまっていた。
同大は、酸化チタンを混ぜ込んだプラスチックに紫外線の一種「UVA」を144時間照射すれば、光触媒の機能が衰えないことを発見。蛍光灯のような弱い紫外線でも反応する酸化チタンを使い、室内でも機能する、薄さ30マイクロメートルのプラスチック素材を開発した。
この素材に4つのウイルス(新型コロナ、インフルエンザ2種類、ピコルナ)を付着させたところ、約100万個のウイルスが1時間で全て死滅した。
UVAを当てるだけで作れるため、コストがかからず、大量生産しやすい。また、軽量で柔らかく、丈夫な素材のため、あらゆる製品の材料に使えると言われている。
殺菌効果が高く、さまざまな製品を作れる素材として、まずは使い捨ての医療用防具に活用を見込む。さらに、ウイルスが付着しやすく、人が触れる頻度が高い、テーブルや手すりなどを覆うクロスに用いれば、消毒液を使わずに、感染拡大を大幅に抑えられると言われている。
引用文献:
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Ri Han et al., Aug 25, 2022 “Flexible, disposable photocatalytic plastic films for the destruction of viruses” J Photochem Photobiol B
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James Gallagher, Sep 10, 2022 “Self-sterilising plastic kills viruses like Covid” BBCnews
Vol.52 「新型コロナ、アルツハイマー病のリスク高める」
2022年10月28日 最終更新 セルスペクト(株)科学調査班編集
新型コロナに感染した高齢者は、1年以内に認知症の一種であるアルツハイマー病を発症する可能性が高いことがわかった。
オランダの医学雑誌「Journal of Alzheimer's Disease」に掲載された研究によると、65歳以上の新型コロナ感染者は、同歳以上の未感染者に比べてアルツハイマーの発症率が、50~80%も高まる可能性がある。新型コロナ感染が、アルツハイマー病を引き起こす理由(経緯)は調査中だ。
この研究は米国で、2020年2月2日~21年5月30日の間、アルツハイマー病の既往歴のない65歳以上の600万人を対象に実施。
人種(ヒスパニック、白人、黒人)、年齢(65~74 歳、75~84 歳、 85歳以上)、性別(男、女)に分類し、新型コロナに感染したと診断された日から1年間を追跡。分類ごとにアルツハイマー病の発症率を調べた。
研究では、「新型コロナ未感染者の発症率」を分母に、「新型コロナに感染した人の発症率」を分子に置いたHR(ハザード)比から、新型コロナの影響度を調査。この計算で1より大きい値になれば、新型コロナ感染からアルツハイマー病の発症率が高まったことを示す。
結果、どの分類も1以上の値となり、中でも高い数値だったのは、「85歳以上」、「女性」だった。
人種別では、「黒人」は1・62、「白人」は1・61、「ヒスパニック」は1・25と、白人と黒人の値が高かった。
年齢別では、「65~74 歳」は1・59、「75~84 歳」が1・69、「85 歳以上」が1・89と、年齢が上がるほど値が高くなった。
性別では、「男性」1・5、「女性」1・82と、女性の方が高かった。
新型コロナウイルスがアルツハイマー病の原因を作りだすのか、もともとある因子を誘発するのかなど、発症のメカニズムは調査中。対象者の過去の生活習慣や持病を調べるなど、長期の追跡調査とデータ検証が必要だ。
「日本における認知症の高齢者人口の将来推計に関する研究」の推計によると、2020年における65歳以上の認知症有病率は16.7%。認知症患者は約602万人で、6人に1人程度が認知症といえる。
認知症有病率は2060年には33・3%まで上昇すると予想されるが、認知症を完治させる治療法はいまだ無い。
もし、新型コロナの感染が認知症の発症率をさらに高めるとしたら、介護負担の深刻化が懸念される。発症のメカニズムを突き止め、早期に予防策を講じる必要がある。
引用文献:
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Lindsey Wang et al., Jul 29, 2022 “Association of COVID-19 with New-Onset Alzheimer’s Disease” Journal of Alzheimer’s Disease.
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Deidre McPhillips, Sep 19, 2022 “New Alzheimer’s diagnoses more common among seniors who have had Covid-19, study finds” CNNNEWS
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Pooja Toshniwal Paharia, Sep 19, 2022 “COVID-19 increases risk of developing Alzheimer's by 50-80% in older adults” News Medical Life Sciences
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Rod Tucker, Sep 28, 2022 “Alzheimer’s disease risk increased among patients with COVID-19” Hospital Healthcare Europe
Vol.53 「土に還る植物由来のマスク登場」
2022年11月11日 最終更新 セルスペクト(株)科学調査班編集
日本国内における2021年度のマスク生産量※は、約160億枚。2018年は55億枚だったことから、新型コロナウイルスの流行で約3倍に増えたことになる。
※一般社団法人日本衛生材料工業連合会調べの「マスク生産数量」より。産業用、医療用、家庭用を合わせた数字。
一般的な使い捨てマスクの原料は、石油由来のプラスチック。プラスチックは、耐久性が高く、加工しやすい一方で、自然分解されず、半永久的に残るという欠点がある。
大量生産と消費に伴い、適切に廃棄されなかったマスクが、海や川に流れ出て環境を汚染したり、廃棄(焼却)時に大量の二酸化炭素が出て地球温暖化を促進するなど、使い捨てマスクがもたらす環境汚染や生態系への影響が、近年問題視されていた。
そんな中、アメリカ食品医薬品局(FDA)が10月、世界で初めて植物由来のマスクを、医療用マスクとして緊急使用許可※した。
※緊急使用許可(Emergency Use Authorization:EUA)
米食品医薬品局(FDA)が緊急時に未承認薬などの使用を許可したり、既承認薬の適応を拡大する制度
この植物由来のマスクは、カナダのバイオテクノロジー企業PADMメディカルが開発したマスクで、「プレシジョン エコ」という。
原料は、植物から作った有機物質(バイオポリマー)で、 微生物によって分解・発酵されて自然(土)に還るのが特徴。肥料(たい肥)になるため、産業活用できる。
また、廃棄(焼却)時に出る二酸化炭素は、原料の植物が育つ時に吸収したもののため、大気中の二酸化炭素量が変わらない。石油由来のマスクより、二酸化炭素の排出量を55%も抑制できると言われている。
形や機能は、一般的な医療用のサージカルマスクと同じ。通気性がよく、 細菌やウイルスへの防御力は98%と高く、口や鼻からの飛沫をしっかりと遮断する。
細菌濾過率(BFE%)、微粒子濾過率(PFE%)、呼吸抵抗性(mmH2O/cm2)、延焼性(Class1)透過性などは、全て国際基準を満たしているという。
PADMメディカルのマーティン・ペトラック(Martin Petrak)最高経営責任者は「今回の緊急使用許可が、環境配慮性の高い製品の開発を後押しするだろう」と、あるメディアのインタビューで語っている。
今年4月には、微生物の働きで土に還る生分解性の医療用ゴム手袋が、医療機器としてFDAに認証された。環境保全を意識した製品が、市場に流通し始めている。
新型コロナの感染拡大がいまだ続く中、持続可能な環境づくりを意識した医療関連製品は、今後重宝されるだろう。
引用文献:
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Oct 13, 2022 “World's first plant-based medical grade face mask authorized under EUA by U.S. FDA” PADM Medical.
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Andrea Park, Oct 14, 2022 “A green revolution: FDA hands down emergency OK to plant-based surgical face mask” FIERCE Biotech
Vol.54 「マウスウォッシュ液が感染予防に。北海道大が発見」
2022年11月25日 最終更新 セルスペクト(株)科学調査班編集
マウスウォッシュ液(洗口液)に含まれている少量の殺菌成分「セチルピリジニウム塩化物水和物(CPC)」が、新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)を不活化させる(感染力を失わせる)ことを、北海道大学大学院歯学研究院の樋田京子教授らの研究チームが8月に公表した。
市販のマウスウォッシュ液が新型コロナの発症、重症化を防ぐことを明らかにした。
CPCは、新型コロナウイルス表面の脂質膜(エンベロープ)を破壊し、ウイルスを不活化させる。ただ、この作用は、250µg/mL以上の高濃度での効果は以前から知られていたが、マウスウォッシュ液に使用される50µg/mL程度で効き目があるかわからなかった。
そこで、同研究チームが30~50µg/mL程度のCPCによる効果を検証。少量の場合、CPCはウイルスの「タンパク質」を壊し、(10分程度で)ウイルスの感染力を失わせることがわかった。
ウイルスの変異で変化したタンパク質であっても、CPCは作用(反応)することから、初期に流行した武漢株だけでなく、アルファ株、ベータ株、ガンマ株といった変異株にも効果を発揮する。
また、同量のCPCであっても、CPC単体よりも、マウスウォッシュ液のCPCの方が、殺菌効果が高いこともわかった。唾液でCPCの効果が薄れることもなかった。このメカニズムは研究中である。
新型コロナは、口や鼻を感染経路とする飛沫感染(エアロゾル感染)で広がる。口に含むマウスウォッシュ液での殺菌は、非常に効果的な感染予防策になる。
マウスウォッシュの抗ウイルス効果が確証されれば、ドラッグストアで販売されている身近な日用品で感染予防が可能になる。研究の進行に注視したい。
引用文献:
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Ryo Takeda, et al., Aug 18, 2022 “Antiviral effect of cetylpyridinium chloride in mouthwash on SARS-CoV-2” Scientific Reports.
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Oct 6, 2022 “Mouthwashes may suppress SARS-CoV-2” Research Press Release from Hokkaido Univ.
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Emily Henderson, Oct 6, 2022 “Mouthwashes inhibit the infectivity of SARS-CoV-2 variants” News Medical LifeScience
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“CPCのSARS-CoV-2に対する抑制効果を解明~CPC含有口腔製剤による新型コロナウイルス感染制御に期待~(歯学研究院 教授 樋田京子)”北海道大学 プレスリリース
Vol.55 「抗がん剤、新型コロナの重症化防ぐ」
2022年12月9日 最終更新 セルスペクト(株)科学調査班編集
抗がん剤「HA15」が、新型コロナウイルスの重症化を抑えるとわかった。HA15は、がんの進行を促す細胞内のタンパク質「GRP78(Glucose-Regulated Protein 78 kDa)」の働きを抑制する薬。新型コロナウイルスの増殖を抑える効果があると、11月にカリフォルニア大学が学術雑誌(Nature Communications)で公表した。
GRP78とは、体内の細胞の表面と、細胞内部に常在するタンパク質。がんや糖尿病、高血圧などの疾患のほか、ウイルスの存在によっても増加する。
新型コロナウイルスは、ウイルス表面にあるスパイクタンパク質と、肺や心臓などに多く存在する受容体タンパク質「ACE2(アンジオテンシン変換酵素2)」が結合して、細胞内に侵入する。
この時、スパイクタンパク質は、ACE2との結合を容易にするため、細胞表面のGRP78と結合して、ウイルスを細胞表面にとどめる。
つまり、細胞表面のGRP78が増えている疾患持ちの人は、ウイルスとACE2との結合が多くなり、細胞内のウイルス量が増え、重症化に至りやすい。
こうした細胞表面のGRP78の増加による重症化のメカニズムは解明されていたが、細胞内のGRP78が増えることによる影響は、明らかにされていなかった。
細胞内のGRP78は、体内のタンパク質を合成する機能があり、ウイルスのタンパク質も生成してしまう面がある。細胞内のGRP78が増えると、新型コロナウイルスの生成が促進され、重症化を促すと考えられていた。
そこで、GRP78の研究に長けたカリフォルニア大がこの仮説を実証。細胞内のGRP78が増えると、タンパク質を合成する機能が高まり、新型コロナウイルスが増加して、重症化に至ることを明らかにした。
さらにこの結果から、細胞内のGRP78の働きを抑える抗がん剤が、新型コロナの重症化予防に有効なことを発見。
抗がん剤「HA15」をマウスに投与したところ、(投与しなかったマウスに比べて)3日間で肺のウイルス量が10分の1まで減ったという。
新型コロナは流行当初から、基礎疾患を持つ人が重症化しやすいと言われていた。そのメカニズムが同大によって確立されたことになる。
既存の抗がん剤が、感染予防に活用できることがわかったのも大きな成果だ。
治療法の選択肢が増えれば増えるほど、今まで助からなかった患者を救えるようになる。研究の進展が楽しみだ。
引用文献:
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Woo-Jin Shin, Dat P. Ha, Keigo Machida & Amy S. Lee, Nov 14, 2022 “The stress-inducible ER chaperone GRP78/BiP is upregulated during SARS-CoV-2 infection and acts as a pro-viral protein” Nature Communications
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Helen Floersh, Nov 17, 2022 “2 diseases, one drug: How a drug for deadly cancer could treat COVID-19” Fierce Biotech.
Vol.56 「はしかワクチン4千万人未接種、新型コロナ影響」
2022年12月23日 最終更新 セルスペクト(株)科学調査班編集
はしかの予防接種を終えていない子どもが、2021年末時点で世界に約4千万人いると、世界保健機関(WHO)と米疾病対策センター(CDC)が11月に発表した。
新型コロナウイルス禍で、乳幼児向け集団接種が中止されたことなどから、接種が滞ったとみられる。
WHOのテドロス事務局長は「新型コロナのワクチンは驚異的な速さで開発と接種が進んだ。しかしその裏で、子どもたちが予防可能な病気の危険にさらされている」と述べ、はしかへの感染予防が不十分な子どもの重症化や死亡の増加を懸念した。
はしかとは、麻疹(ましん)ウイルスの感染によっておこる伝染病。発熱や咳、鼻水といった風邪に似た症状と、発疹が出る。重症化すると、肺炎や脳炎といった重い合併症を発症することもある。
はしかの最大の特徴は、伝染力が非常に強いこと。インフルエンザの10倍の感染力と言われ、免疫を持っていない人が感染するとほぼ100%発症する。
ワクチン接種が普及する1963年以前は、2~3年に一度大流行し、毎年(推定)260万人が死亡していたが、現在はワクチンを2回打てば、ほぼ完全に予防できる。
しかし、ワクチン普及後も国によっては未接種者が多い地域があり、新型コロナの流行前の2019年におけるはしかの死亡者数は20万人。死亡者の大半は、合併症にかかりやすい5歳未満の子どもだった。
新型コロナウイルス感染拡大後の2021年は、はしかによる死亡者数が12万8千人に減少。しかし、22か国で大規模な感染拡大があったことから、新型コロナの影響で検査や報告が出来なかったためとみられる。
同年のはしかのワクチン接種率は、1回目が81%、2回目が71%と、2008年以来の最低水準となった。
これは、新型コロナウイルスの世界的流行による医療システムの崩壊や、定期的な集団接種の中止で接種が滞った影響とみられる。
前述したとおり、はしかは感染力が非常に強いため、世界の一部地域でアウトブレイク(大規模発生)したら、国境を越えてあっという間に世界中に感染が広がる。
アウトブレイクにならないよう「集団免疫※」を獲得するには、1回目と2回目の接種率を95%以上にする必要がある。
※集団免疫
感染者が出ても、感染症が流行しないぐらい、一定割合以上の人口が免疫を持つこと。間接的に免疫を持たない人も感染から守られる。
集団免疫の獲得のためには、各国が協力して未接種者の多い地域の特定とその原因を突き止め、ワクチン接種を強く推進する必要がある。
日本国内のはしかの患者数は、2020年のコロナの大流行以来、年間10人を下回っているものの、最近は入国や渡航が再開し、人の往来が増えつつあるため、はしかに感染する危険性は高まっている。
新型コロナの感染予防対策で世界中に浸透したマスク、手洗い、ソーシャルディスタンスは、はしかの蔓延予防に役立つ。
子どもたちを守るため、こうした個々の感染対策のほか、感染した場合の早期発見、早期治療を行える体制の構築が求められている。
引用文献:
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Nov 23, 2022 “Nearly 40 million children susceptible to measles due to COVID-19 disruptions” UN News
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May, 2022 “Global Measles and Rubella Monthly Update” WHO
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Sep, 2022 “新型コロナウイルス感染症流行下における世界の麻疹発生状況” 国立感染症研究所 IASR Vol. 43 p209-210: 2022年9月号
Vol.57 「ネイチャー今年の10人に、新型コロナ関連2人」
2023年1月13日 最終更新 セルスペクト(株)科学調査班編集
英科学誌ネイチャーは昨年12月、2022年に科学分野で話題になった10人を選出した。パンデミック3年目とあって、新型コロナウイルスの感染拡大の抑制に貢献した研究者が2人いる。今回は彼らの成果を紹介しよう。
北京大学ゲノミクス※研究者の曹雲龍(ユンロン・カオ)氏は、新型コロナの感染やワクチンによってできた抗体の遺伝子を分析し、次に流行する変異株の特徴を予測することに成功した。
※ゲノミクスとは「遺伝子(Gene)とゲノム(Genome)の研究」のこと。ゲノムとは、「Gene」と全てを意味する「-ome」を合わせた造語。人体の〝設計図〟といえる遺伝子情報全体を表す。
カオ氏は、抗体を産出する免疫細胞の一つ「B細胞」を解析し、これまで流行した変異株やワクチンで作られた抗体の設計図を検証。それらの抗体をすり抜ける〝抜け穴〟を見つけることで、これから発生するであろう変異株の特徴を予測した。
この予測によって、発生前にその株に対応するワクチンや治療薬を開発することができるため、パンデミックを防げると言われている。
もう一人は、新型コロナの後遺症を研究するグループ「Patient-Led Research Collaborative」の設立者リサ・マコーケル(Lisa McCorkell)氏。
新型コロナをはじめとする感染症の研究は、死亡や重症化を防ぐ対症療法や感染防止関連は注目度が高く、研究が進みやすい。その反面、回復の判別がしにくく、患者数が限られる後遺症の研究は進みにくい傾向にある。
マコーケル氏は、新型コロナの後遺症に悩む自身の経験をもって後遺症の影響を発信し、関連研究を促進させようと、同じく後遺症に悩む4人の女性と同グループを立ち上げた。
この活動が多くの研究者の目に留まり、パンデミックが収束に向かう中でも順調に会員数を伸長。現在は、影響力の大きい新型コロナ関連のプロジェクトを支援する基金「Balvi」から寄付された480万ドルで、後遺症の研究を促進している。
この取り組みによって、人知れず後遺症に苦しむ人が心身共に救われ、後遺症がハンデにならない社会環境が整備されることが期待されている。
そのほか選出された8人は、▽サル痘の大流行を抑えるための重要な情報を提供したニジェールデルタ大学の感染症専門医Dimie Ogoina(ディミー・オゴイナ)▽NASAの天文学者Jane Rigby (ジェーン・リグビー) ▽国際気候変動開発センター所長Saleemul Huq (サレムル・フク) ▽ウクライナ出身の気候学者Svitlana Krakovska (スビトラーナ・クラコフスカ) ▽カリフォルニア大の人口統計学者Diana Greene Foster (ダイアナ・グリーン・フォスター) ▽国連事務総長António Guterres (アントニオ・グテーレス) ▽メリーランド大医学部の外科医Muhammad Mohiuddin (ムハンマド・モヒウディン) ▽米国科学技術政策局 (OSTP) の政策顧問Alondra Nelson(アロンドラ・ネルソン)。
引用文献:
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Ewen Callaway et al., Dec 14, 2022, “Nature’s 10 Ten people who helped shape science in 2022” Nature
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Dec 15, 2022, “Nature’s 10 Ten people who helped shape science in 2022” Nature Asia
Vol.58 「新型コロナ感染の仕組み明らかに。点鼻薬で軽症に」
2023年2月10日 最終更新 セルスペクト(株)科学調査班編集
鼻や口から侵入した新型コロナウイルスが、どのような経路で細胞内で増殖(=感染)するかが、スタンフォード大学の研究で明らかになった。
この感染メカニズムの解明から、鼻腔や気管支の線毛の運動や、微絨毛(びじゅうもう)の増殖を抑制する点鼻薬を使えば、体内でのウイルスの拡散を防ぎ、軽症にとどめられる可能性が高いことがわかった。
12月1日発売の学術雑誌「Cell」で公表された同大の論文によると、鼻や口から侵入した新型コロナウイルスは、まず副鼻腔や気管支などの粘膜の表面にある細い毛の集まり「線毛(cilia)」に付着する。
ウイルスは、毛の先端からゆっくりと毛の根本に移動し、細胞に侵入、増殖して(体内に広がって)いく。
研究によると、侵入したウイルスが細胞内で増殖(感染)するまでの時間は48時間。体内に侵入したウイルスは感染まで約2日要するということだ。
これほど時間がかかる理由は、鼻や気管の粘膜上にある粘液層(mucus layer)と呼ばれる粘液のバリアにある。
このドロドロした粘液によってウイルスの動きが鈍ることと、粘液内にはウイルスを攻撃するIgA抗体が多く分泌されていることから、ウイルスは細胞内に到達するのに時間を要するのだ。
人工的に培養して立体的に作りあげたミニ臓器(オルガノイド)を用いた実験で、粘液のバリアのないオルガノイドは、ウイルスの侵入が速く、約1日で感染した。この実験で、侵入から感染まで潜伏期間があるのは、この粘液のバリアによるものと証明された。
さらに、鼻腔や気管支の線毛の運動が体内のウイルスの増殖を促進させることもわかった。
通常、線毛が動くことで、粘液層がベルトコンベアのように動き、ウイルスなどの異物を体外に排出する。しかし、この運動によってウイルスを体内に広げてしまう場合もあるのだ。
線毛の運動が低下する疾患「原発性線毛運動不全症( primary ciliary dyskinesia、通称PCD) 」の患者のヒト鼻上皮細胞を使ったオルガ
ノイドの実験で、ウイルスの侵入から増殖までをたどったところ、侵入から48時間後にウイルスに感染している細胞は、通常の感染時と比べて大幅に少なかった。
線毛の運動量が少ないと、粘液層の動きが停滞するため、ウイルスが体内に広がりにくかったのである。
さらに、鼻腔や気管の細胞膜表面にある突起「微絨毛」も、ウイルスの体内での増殖を促すことがわかった。
ウイルスが侵入すると、線毛の半分以下の長さしかない微絨毛が急成長し、粘液層の外に飛び出す。ウイルスは、この微絨毛に付着することで、粘液のバリアの影響を受けずに、細胞に侵入することができる。
細胞内に侵入後、増殖したウイルスは、微絨毛の先端から飛び出て、粘膜層の流れに乗って、広範囲の細胞に広がる。
この結果から、線毛の運動や微絨毛の増殖を防ぐ薬(点鼻薬)を使えば、体内へのウイルスの拡散を防ぎ、症状を最小限にとどめることができる(鼻や喉の軽い症状で済む)とわかる。
このウイルスの侵入から感染までの仕組みは、新型コロナだけでなく、インフルエンザなどの呼吸器系ウイルスも同様の可能性が高い。
つまり、家族や親しい人が呼吸器系ウイルスに感染し、感染を免れない状況時にこの点鼻薬を使えば、軽い症状にとどまり、早く治すことができる可能性がある。重症化予防の薬として開発されることを期待したい。
≪参考画像≫
https://commons.wikimedia.org/wiki/File:Blausen_0766_RespiratoryEpithelium.png
引用「“ブラウゼン・メディカル2014のメディカルギャラリー“. WikiJournal of Medicine 1 (2). DOI:10.15347/wjm/2014.010. issn 2002-4436.」
引用文献:
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Chien-Ting Wu et al., Dec 1, 2022 “SARS-CoV-2 replication in airway epithelia requires motile cilia and microvillar reprogramming” Cell
-
Bruce Goldman, Jan 5, 2023 “Stanford Medicine scientists pinpoint COVID-19 virus’s entry and exit ports inside our noses” Stanford Medicine New Center
Vol.59 「新型コロナ「5類」へ。検査や入院の費用支援求む」
2023年3月10日 最終更新 セルスペクト(株)科学調査班編集
新型コロナウイルスが5月8日から、インフルエンザと同じ分類の5類に引き下げられることになった。
屋内でのマスク着用の指導が緩和され、現在は無料になっている検査や入院が自己負担となる。高額な治療薬やワクチン接種は、引き続き無料とされる方針だが、徐々に見直される可能性がある。
感染拡大を防ぐための措置の撤廃に伴い、感染拡大や医療ひっ迫のリスクが懸念されている。
新型コロナウイルスは、感染症法(正式名称:感染症の予防及び感染症の患者に対する医療に関する法律)上で、現在は「新型インフルエンザ等感染症」に分類されている。
同法では、ウイルス(病原体)を感染力や重症化の危険度によって分類しており、1~5類(1類は最も感染が広がりやすく、重症化しやすい病原体。エボラ出血熱やペストなどが指定されている)、指定感染症、新型インフルエンザ等感染症、新感染症と分類している。
新型コロナは感染拡大当初、2類に分類されていたが、2021年2月から新型インフルエンザ等感染症に変更された。
危険度は2類のまま、急速なまん延の恐れがある新しい感染症とされ、入院勧告や就業制限、外出自粛要請、健康状態の報告などを求める措置が講じられた。
政府、都道府県に新型コロナウイルス感染症対策本部が設置され、緊急事態宣言やまん延防止等重点措置、飲食店への営業時間の短縮要請などが出された。
5類に引き下げられれば、こうした措置や行政による病床確保、入院調整が無くなり、患者は自治体指定の発熱外来以外の医療機関でも、受診、入院ができるようになる。
一見すると受診先の選択肢が増え、入院の受け入れ先も広がるように感じる。しかし、これまであった医療機関への診療報酬や病床確保料などの優遇措置が徐々に減ることと、院内感染に手を焼いている医療機関は多いこと等から、受け入れ先が減る可能性もある。
感染の流行が始まって3年が経った今、ワクチン接種が広がり、治療薬も続々と登場している。感染拡大予防を目的とする外出自粛や長期の自宅療養などの必要性は薄れてきている。
しかし、不要な受診を減らして医療ひっ迫を防ぐ役割を担っていたPCR検査や、濃厚接触者らへの検査キット配布の無料措置が無くなれば、集団感染が急増する可能性がある。ひとたび集団感染が発生すれば、医療機関や福祉施設の現場は苦境に立たされる。
5類変更によって生じる医療ひっ迫を回避するには、感染の疑いがある人はすぐに検査を受けて自主的に療養することや、万が一症状が悪化した場合はすぐに医療機関に頼れる体制があることだ。
検査や診療、入院にかかる費用の公費負担を継続することで、変更に伴う影響を最小限にとどめられるのではないだろか。
引用文献:
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Spencer Kimball, Feb 9, 2023 “The Covid emergency in the U.S. ends May 11. HHS officials say here’s what to expect” CNBC Health and Science
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Akiyoshi Abe and Mirei Jinguji, Jan 27, 2023 “COVID-19 to be downgraded as infectious disease from May 8” THE ASAHI SHIMBUN
Vol.60 「腸活で後遺症を防げ!」
2023年4月14日 最終更新 セルスペクト(株)科学調査班編集
新型コロナウイルスに感染すると、長期にわたる胃や腸などの疾患(後遺症)が発症しやすくなることを、米ワシントン大学が立証した。のべ約1400万人の長期的なデータから、新型コロナが及ぼす後遺症の実態を調査。腸内環境と消化器官の後遺症の関係性を明らかにし、腸内環境の健全化が、肺などの後遺症も防ぐと唱えた。
新型コロナウイルス感染者に見られる後遺症は、疲労感・倦怠感、息苦しさ、脱毛、嗅覚障害、筋力低下、睡眠障害など様々ある。
中でも多いのは、便秘や胃痛、下痢、胃もたれ、嘔吐などの消化器官の症状で、この原因は、ウイルスの侵入による腸内環境(腸内フローラ※)の乱れにあると、以前から言われていた。 ※多種多様な腸内の微生物、菌が集まる集合体の分布
この腸内環境の乱れは、消化器官に半年以上とどまる新型コロナウイルスの影響で、消化器官の免疫細胞が過剰反応を起こすことが原因。ウイルスを除去しようと免疫細胞が過剰に働き、その結果、腸内の悪玉菌が増えて腸の消化・吸収力が落ち、栄養素を取り入れられなくなって、症状(不調)が表れる、と仮説されていた。
これまで、この理論に基づく調査は入院患者に限定され、退院後を含めた長期にわたっての調査がされず、立証できずにいた。
そこで、ワシントン大学が、米国退役軍人のべ約1400万人の1年以上にわたる医療データを調査。新型コロナに感染すると、消化器系の疾患を発症する可能性(リスク)が、未感染者と比べて高まることが明らかになった。
発症のリスクが高まる疾患と発症の確率は、胃や小腸に潰瘍ができる(62%)、胸やけ等を起こす酸逆流症(35%)、急性膵炎(すいえん)(46%)、慢性的な腹部の膨張感や腹痛などを起こす過敏性腸症候群(54%)、急性胃炎(47%)、原因不明の胃もたれ(36%)だった。
これらの症状が起きた人は、仮説通りの原因で腸内環境が乱れていた。
そこで研究者らは、新たに、消化器官と呼吸器が密接に関係する「腸肺軸」の概念に基づく、腸内環境の正常化による呼吸器官の後遺症の予防と治療を提唱している。
消化器官と並んで新型コロナの後遺症で多い、咳や息苦しさなどの呼吸器官(肺)の症状は、腸内環境を整えれば、予防や治療が可能という論理だ。
つまり、ヨーグルトなどの乳酸菌を摂りながら、適度な運動と十分な睡眠をとって規則正しい生活をし、腸内環境を健全に保てば、新型コロナによる後遺症に苦しまずに済む可能性が高まるということ。腸内の健全化が、新型コロナとの戦いに勝つ鍵となろう。
引用文献:
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Evan Xu, Yan Xie & Ziyad Al-Aly, March 7, 2023 “Long-term gastrointestinal outcomes of COVID-19” Nature Communications
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Kristina Sauerwein, Mar 7, 2023 “COVID-19 infections raise risk of long-term gastrointestinal problems” Washington university school of medicine in st. Louis
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Bhavana Kunkalikar, Mar 9, 2023 “What is the gastrointestinal impact of Long Covid?” News Medical Life Science