Vol.41 「咳の音からコロナ感染を調べる携帯アプリ登場」
2022年5月13日 最終更新 セルスペクト(株)科学調査班編集
咳の音から新型コロナの感染を調べる携帯アプリ「ResApp」が登場した。開発者はオーストラリア企業、レズアップ・ヘルス(ResApp Health)社。もともとは肺炎や喘息などの呼吸器疾患の種類を判別するアプリだったが、「ゴホゴホッ」と5回咳き込むと、新型コロナを感知したことから、精度を検証した上で、コロナ感染の判別に活用されることになった。
このアプリは、使用されれば使用されるほど(データが集まるほど)精度が高まる「機械学習」を用いている。これまで集めてきた膨大な咳のデータを元に、病気の種類を判定しているため、精度は「聴診器で調べるより正確」と言われている。
実際、米国とインドで検証されたこのアプリの正確性は、陽性の的中率が92%、陰性の的中率は99%という高い精度だった。ただ無症状の感染者だと、精度が50〜60%に下がる。
陽性が出た場合は、抗原検査かPCR検査で確認することを勧めている。
4月12日に、レズアップ社を、製薬会社大手ファイザー社の子会社が買収した。今後は、顔や指紋の生体認証から検査情報のセキュリティーを高め、利用者の感染状況を即時に調べる必要がある観光地、レジャー施設、病院、介護施設などに普及させるという。
新型コロナ感染の特徴的な症状は、咳や喉の痛みだ。アプリで風邪やインフルエンザと見分けることができれば、より早期の治療につなげられる。
携帯アプリによる診断は、正確で速く、ミスが生じにくいと言われ、医療分野の人手不足の解消、オンライン診療の普及に大いに役立つと期待されている。新型コロナのパンデミック(世界的大流行)によって、医療にITを活用する「ヘルスケアのデジタル化」が勢いを増している。
引用文献:
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April 12, 2022 “Pfizer Australia proposes acquisition of ResApp Health”. Medical Device Network
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Rachel Arthur, April 14, 2022. “Pfizer set to acquire COVID-19 smartphone detection app for $100m”. BioPharma-reporter.
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Louisa Rebgetz, April 12, 2022. “Pfizer offers $100m to buy Brisbane company behind smartphone app that diagnoses COVID-19” ABC NET News
Vol.42 「変異のパターン化。アフターコロナの兆し」
2022年5月27日 最終更新 セルスペクト(株)科学調査班編集
新型コロナウイルスのオミクロン株は、2系統の「BA.1」と「BA.2」に分かれており、日本を含め主流な系統は「BA.1」で、世界で最も感染数が多かった。しかし最近、感染力が強いと言われる「BA.2」から派生した3種類のウイルスの感染が、世界中で広がっている。
まず、BA.2から派生した「BA.2.12.1(ビーエー・ツー・ワンツー・ワン)」は、4月30日までの1週間で、米国の感染者の36・5%を占めた。(疾病予防管理センター調べ)
続いてBA.2から派生した「BA.4(ビーエー・フォー)」「BA.5(ビーエー・ファイブ)」は、南アフリカの感染者の6割を占めている。
この3種類は、デルタ株に見られた「L452R」の変異がみられ、BA.2よりも感染のスピードが速いのが特徴だ。
中でも、南アフリカ以外にも15カ国以上で発見されている「BA.4」「BA.5」は、BA.1に感染して作られた体内の抗体が、効かない場合があるという。つまり、オミクロン株に再感染するため、一度収まった感染数がふたたび増加する可能性がある。
オミクロン株を最初に発見した生物情報学者トゥーリオ・デ・オリベイラ教授は、この3種類の出現から「新型コロナウイルスが、これまでと異なる変異を始めた」と述べている。
これまで新型コロナの変異は、変異の仕方が予想できず、事前に対処できなかった。しかし、この3種類以降の変異株は、今まで出現した株が組み合わされたもので、ウイルスの影響をある程度予測できる。
この点から、米コロンビア大学のウイルス学者デビッド・ホー教授は「インフルエンザのように、徐々に変異がパターン化する」と予想する。
パターン化され、発生する変異株をある程度予測できるようになれば、事前にその株向けのワクチンを普及させて、大規模感染を防げる。
コロナウイルスは、新型コロナ以外に4種類あり、インフルエンザの症状が出ている10人に1人は、この4種類いずれかの感染だ。
新型コロナウイルスが、この4種類と同じぐらい身近なウイルスになるには、周期的なウイルスの変異のパターンをある程度予測でき、ワクチン等で感染をコントロールできるようになることが必要だ。
今回出現した3種類の変異に、パターン化の傾向が見られたということは、身近なウイルスになる日、つまりアフターコロナ社会の実現が近づいているといえよう。
引用文献:
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Carolyn Crist, May 4, 2022, “Latest COVID Subvariants Create New Waves, Evade Immunity”. Medical Device Network
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Ewen Callaway, May 6, 2022, “Are COVID surges becoming more predictable? New Omicron variants offer a hint”. Nature.
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Houriiyah Tegally et al., May 2, 2022. “Continued Emergence and Evolution of Omicron in South Africa: New BA.4 and BA.5 lineages” medRxiv
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Xiaoliang Xie et al., May 2, 2022. “BA.2.12.1, BA.4 and BA.5 escape antibodies elicited by Omicron BA.1 infection” bioRxiv
Vol.43 「新型コロナ、インフル、RSの検査キット、一般市場に登場」
2022年6月10日 最終更新 セルスペクト(株)科学調査班編集
新型コロナウイルス、インフルエンザ、RSウイルスの感染を同時に調べられる市販の検査キットが4月16日、米国食品医薬品局(FDA)から緊急使用許可を受けた。季節性感染症「インフルエンザ」と、夏風邪の原因である「RSウイルス」用の検査キットが、一般市場販売されるのは初めて。開発者は、米国の臨床検査受託会社LabCorp(ラブコープ)社。
このキットは、処方箋なしで、ネットか薬局で購入可能。採取した鼻腔ぬぐい液を郵送すれば、検査所到着後1~2日で、オンライン上に結果が出る。検査は、PCR検査で行う。
2歳以上から使用でき、18歳未満は保護者の管理下で鼻腔ぬぐい液を採取する。デルタ株やオミクロン株などの変異株の感染も調べられるという。
「インフルやRS用の検査キットは、病院では以前から使用されていた。新型コロナの感染拡大による市販の検査キットの普及が、今回の承認を促した」と、FDA医療機器・放射線保健センター (Center for Devices and Radiological Health)長のJeff Shuren(ジェフ・シュレン)氏は話す。
検査キットの精度や利便性が格段に向上し、使用法が一般消費者に浸透したことで、インフルエンザやRSウイルス向けの製品も市場に開放されたとみる。
このキットがあれば、どの感染症にかかったかを自分で確認でき、医療機関を受診するかの判断材料になる。風邪や軽症の場合は、自宅療養を選択する人もいるため、医療機関や保健所の業務逼迫を防げる。
また同社は同日、指先血から糖尿病のリスクを調べられる検査キット「Diabetes Risk (HbA1c) At-Home Collection Test」を発売した。少量の血から、赤血球中の色素ヘモグロビンの一種「HbA1C(ヘモグロビン・エーワンシー)※」の割合を計測できる製品で、
早期発見と糖尿病患者の自己管理が容易になる。
※赤血球中の色素「ヘモグロビン」と糖が結合したもの。この割合は、食事の前後で変わる血糖値と異なり、過去1~2カ月の血糖値の平均が反映されるため、多くの糖尿病外来で導入されている。
新型コロナへの予防意識の高まりから、手軽で実用的な自己検査キットが進化し、これまで病院でしか受けられなかった検査が自宅でもできるようになった。
検査キットの使用が一般化すれば、病院の業務逼迫を防ぎ、医療費削減を促せる。また、新型コロナ以外の感染症が登場した時、感染予防や早期収束に大いに役立つだろう。
引用文献:
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May 16, 2022, “Coronavirus (COVID-19) Update: FDA Authorizes First COVID-19 Test Available without a Prescription That Also Detects Flu and RSV”. FDA News Release
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Kathleen Doheny, May 18, 2022, “FDA Approves First COVID-Flu-RSV Home Test”. WebMD.
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May 16, 2022. “Labcorp Launches First-of-its-kind At-home Collection Device for Diabetes Risk Testing” businesswire
Vol.44 「1滴の血液から、体内のワクチンの有効性わかる」
2022年6月24日 最終更新 セルスペクト(株)科学調査班編集
新型コロナウイルスの感染予防策として、世界中でワクチンの接種が進んでいる。しかし昨今は、変異株が多様化し、感染者が増加傾向にある。
現在接種が進められているワクチンは、初期の武漢株をターゲットに開発されたため、変異株へのワクチンの効果は、人によって異なるからだ。
「ワクチンで作られた体内の抗体は、変異株に効果があるのか」。
それを調べられる検査チップ(タンパク質マイクロアレイ)を、台湾の国立成功大学(台湾台南市)の研究チームが開発した。
数センチ角のチップに、1滴の指先血から取り出した血しょうを乗せれば、変異株ごとのスパイクタンパク質との結合力、抗体の濃度等を調べられ、感染からの防御力「中和活性」の強さが1時間ほどでわかる。
さまざまな変異株の抗体に反応するよう、複数のタンパク質を用いているため、どの変異株に感染しやすいかがわかる。ワクチンの追加接種の判断材料になる。
また、軽度、重度の患者のチップの反応を分析したデータから、重症化しやすい変異株もわかる。
このチップは、手間や時間がかからないため、クリニックや在宅医療などで導入しやすい。
普及すれば、各個人のワクチンの有効性だけでなく、普及しているワクチンの効果検証にもなるだろう。汎用すれば、インフルエンザ等の他の感染症の予防対策、治療法の選択にも使える。
引用文献:
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Tzong-ShiannHo et al., May 15, 2022, “Development of SARS-CoV-2 variant protein microarray for profiling humoral immunity in vaccinated subjects”. Biosensors and Bioelectronics.
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Wen-Yu Su et al., April 20, 2022, “Antibody Profiling in COVID-19 Patients with Different Severities by Using Spike Variant Protein Microarrays”. Analytical Chemistry.
Vol.45 「米国、生後6か月からワクチン接種へ」
2022年7月8日 最終更新 セルスペクト(株)科学調査班編集
米国で新型コロナワクチンの接種対象が、幼児まで引き下げられた。米食品医薬品局(FDA)は6月、これまで5歳以上を対象としていたファイザー社とモデルナ社のワクチン接種を、「生後6か月以上」まで広げた。対象年齢の引き下げによって、国内のほぼ全ての人にワクチンが行き渡ることになる。
ファイザー社のワクチンは、成人が接種する10分の1の量(3マイクログラム)を、間隔を空けて3回接種する。オミクロン型が流行した時期に実施した臨床試験では、感染への予防効果は80%だった。
モデルナ社のワクチンは、成人が接種する4分の1の量(25マイクログラム)を2回接種する。臨床試験によると、オミクロン型への発症予防効果は、生後6カ月~2歳未満が51%、2歳~6歳未満が37%だった。
※マイクログラムは100万分の1グラム
予想される一般的なワクチンの副作用は、発熱や注射した箇所の腫れなど軽度の症状など。ごくまれな例で、心筋梗塞や心筋炎、肺塞栓症などを引き起こす「小児多系統炎症性症候群(MIS-C)」の懸念がある。
1回の接種量が少ないほど副作用が小さいことから、ファイザー社は、当初2回接種としていたのを、3回接種に変更。可能な限りリスクを避けた。
FDAの諮問委員会は「どちらのワクチンも安全で効果がある」と述べている。成人よりも副作用を起こす人が少なく、起きる副作用も発熱や倦怠感など軽微で、心筋炎のリスクも比較的低いと言っている。
米疾病対策センター(CDC)によると、(5歳以上の)米国全体のワクチン接種率は71%。しかし、5〜11歳でみると接種率は約29%と低い。低年齢層のワクチン接種については、様子見をしている親が多いようだ。
感染を完全に防ぎきれるわけではないが、ワクチンは感染拡大の収束に有効だ。幼い子どもまでワクチンが行き渡れば、国全体の行動制限が緩和され、コロナ感染拡大前の生活を取り戻すことにつながる。
引用文献:
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Video: “Vaccines and Related Biological Products Advisory Committee – 6/15/2022” U.S. Food and Drug Administration (FDA)
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“Vaccines and Related Biological Products Advisory Committee June 14-15, 2022 Meeting Announcement” U.S. Food and Drug Administration (FDA)
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June 15, 2022, “FDA advisers move a step closer on COVID-19 vaccines for kids under 5”. CBS NEWS.
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Alice Park and Jamie Ducharme, June 15, 2022, “FDA Panel Recommends Moderna and Pfizer COVID-19 Vaccines for Children 6 Months and Older”. TIME.
Vol.46 「重症になる遺伝子型発見。NK細胞活性化が策に」
2022年7月22日 最終更新 セルスペクト(株)科学調査班編集
新型コロナの感染拡大が始まった当初、重症化に至りやすいのは、高齢者や慢性疾患を持つ人だと言われていた。しかし、致死率の高いデルタ株の蔓延時に、健康な若者も重症化や死亡に至ったことなどから、重症化の要因は、年齢や持病だけではないとわかった。
そんな中、米シェフィールド大学とスタンフォード大学の研究チームが、遺伝子に重症化の要因があると発見。大規模なデータベースとAI(人工知能)を用いて、6月に、重症になる遺伝子型を1000個以上突き止めた。これは、重症化に関連する全ての遺伝子型の75%に相当するという。
発見した遺伝子型の特徴は、ウイルスに感染した細胞を破壊するNK(ナチュラルキラー)細胞とT細胞の働きを高める力が弱いこと。
NK細胞は、ウイルスを破壊するだけでなく、感染部分に免疫細胞を集める「サイトカイン」※の生成も促す重要な存在。NK細胞の働きが弱いと、サイトカインが正常に分泌されず、免疫細胞も十分機能しないため、重症化に至りやすくなる。
※サイトカインは、ウイルスに感染した細胞が分泌する。
がん治療では、がん細胞を死滅させる方法として、NK細胞を活性化させる薬が使われている。新型コロナでも、NK細胞の働きを促す治療法が、重症化や死亡を減らす策となるかもしれない。
引用文献:
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Sai Zhang et al., Jun 3, 2022 “Multiomic analysis reveals cell-type-specific molecular determinants of COVID-19 severity” Cell Syst. PMID: 35690068
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Jun 14, 2022 “New research identifies more than 1,000 genes linked to severe COVID-19” The University of Sheffield, News release
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Jun 14, 2022, “Researchers identify more than 1,000 genes linked to severe COVID-19”. Stanford Medicine, News.
Vol.47 「コロナ再感染で、死亡や心血管障害のリスク倍増?」
2022年8月12日 最終更新 セルスペクト(株)科学調査班編集
米セントルイス・ワシントン大学が7月に、新型コロナに再感染すると、死亡や血栓、脳、肺の損傷などが起きるリスクが2倍になると発表した。感染力が強く、体内にできた抗体が効かないとされるオミクロン株の系統「BA.4」と「BA.5」が急速に広まる中、研究結果が実証されれば、さらなる感染予防策の徹底が求められる。
同大は、再感染による健康リスクを調べるため、米退役軍人560万人の医療データを検証。1度感染した人(約26万人)、2度以上感染した人(約3万9,000人)、感染していない人(約540万人)の健康記録を比較した。
その結果、2回以上感染した人は、最初の感染から半年以内に亡くなる可能性(死亡率)が、1回目の感染時と比べて2倍超となり、入院率は3倍超だった。また、肺と心臓の疾患(循環器疾患、血液凝固など)、倦怠感、胃腸と腎臓の疾患、糖尿病、筋骨格系障害、精神・神経系の障害のリスクも高かった。
今後は、対象者が感染、再感染したのはどの株だったのか、ワクチンは接種済みだったのかなど、細かい検証をする必要がある。重症化率が高い初期の変異株の再感染であれば、死亡・重症化のリスクが高まるのは当然だからだ。
米国の新型コロナ感染者(7月時点)の内訳は、54%がBA.5、17%がBA.4だった。一般的な感染症は、体内に抗体ができれば再感染を防げるが、これらの系統はそうではない。
米国含め多くの国は、感染予防対策の規制を緩和し、ワクチン接種から死亡や入院のリスクを下げる方針でいる。上記の結果通り、再感染が死亡や健康被害を高めるのであれば、感染予防対策の強化が求められる。
再感染者の増加を防ぐことは、ウイルスの進化を遅らせ、致死率や免疫回避力の高い変異株の出現を減らすことにもつながる。引き続き、感染への警戒が必要だ。
引用文献:
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Ziyad Al-Aly, Benjamin Bowe, Yan Xie, Jun 17, 2022 “Outcomes of SARS-CoV-2 Reinfection” Research Square. PMID: 35690068
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Joel Achenbach, Jul 10, 2022 “As the BA.5 variant spreads, the risk of coronavirus reinfection grows” The Washington Post
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Brenda Goodman, Jul 5, 2022, “Covid-19 reinfections may increase the likelihood of new health problems”. CNN
Vol.48 「新型コロナのパンデミックで、抗生物質が効かない菌が脅威に」
2022年8月26日 最終更新 セルスペクト(株)科学調査班編集
米疾病対策センター(CDC)は、新型コロナのパンデミック(世界的大流行)が始まった2020年に、大半の抗生物質が効かない菌「スーパーバグ (超多剤耐性菌) 」の感染者数が急増していたことを、今年6月に公表した。世界各国に薬剤耐性(AMR:Antimicrobial Resistance)の問題に対する注視を促した。
「薬剤耐性(AMR)」とは、細菌やウイルス、カビなどが既存の抗生物質に対して耐性を持ち、治療が難しくなる現象。薬剤耐性を持つ菌の中でも、既存の抗生物質がほとんど効かない強力なものを「スーパーバグ (超多剤耐性菌) 」と分類する。
スーパーバグが急増した理由は、新型コロナ感染の入院患者の増加から、医療現場で抗生物質の使用が増えたことにある。
感染症を引き起こす細菌などは、ベッドや医療器具などに長時間付着する。中でも人工呼吸器やカテーテルなど、体内に挿入する器具に付着していると、感染の可能性がより高まる。
呼吸器系を損傷している場合が多い新型コロナの感染患者は、人工呼吸器などを使う機会が多いことから、他の感染症にかかっていない状態でも、重複感染(他の感染症にかかること)を防ぐために抗生物質が投与された。
CDCの調べでは2020年3月〜10月の間、新型コロナの入院患者の80%に抗生物質が投与された。
こうした抗生物質の過剰投与から、菌の耐性が強化。薬剤耐性(AMR)を原因とした2020年の入院、死亡者数は、前年と比べて15%増加し、死亡数は2万9,400人に上った。
抗生物質の過剰投与は、もともとスーパーバグだった菌の耐性も高めた。
大半の抗菌薬に耐性があり、重度の感染症を引き起こす抗真菌剤耐性のカンジダ・アウリス(Candida auris)の患者数は60%増加した。
抗真菌剤耐性カンジダ・アウリスと同様に大半の抗菌薬が効かず、肺炎や敗血症、尿路感染症などを起こす細菌、カルバペネム耐性アシネトバクターの患者数は70%増えた。
今後さらにスーパーバグに分類される菌が増えると、適切に治療すれば軽症で済んだ感染症の重症化・死亡の確率が高まる。また、スーパーバグの耐性力が高まれば、既存の抗生物質での治療が難しくなる。
薬剤耐性(AMR)対策として、米連邦議会は新しい抗生物質の開発を奨励する法案「PASTEUR Act(the Pioneering Antimicrobial Subscriptions to End Upsurging Resistance)」を2021年6月に可決した。
2020年7月には、世界各国の大手バイオ医薬品企業など約20社で「AMRアクションファンド」を発足。2030年までに新たな種類の抗生物質を2~4剤製品化することを目標に、小規模なバイオテクノロジー企業に約10億円を投資する。
薬剤耐性(AMR)への有効な薬剤が無ければ、2050年までに世界で毎年1,000万人が犠牲になると言われ、新型コロナに匹敵する危機に直面する。AMRの脅威に対し、全世界の政府機関、医療関連企業が対策を取る必要がある。
引用文献:
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Andrew Powaleny, Jul 14, 2022 “Increase in drug-resistant superbugs during COVID-19 highlights need for policy reforms to address antimicrobial resistance” PHRMA
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Manas Mishra, Jul 13, 2022 “U.S. deaths from antibiotic resistant 'superbugs' rose 15% in 2020” Reuters
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MIKE STOBBE AP, Jul 13, 2022, “Superbug infections, deaths rose at beginning of pandemic”. abcNEWS
Vol.49 「オミクロン株対応「2価ワクチン」、日本でも接種始まる」
2022年9月9日 最終更新 セルスペクト(株)科学調査班編集
新型コロナの変異株「オミクロン株」に対応したワクチンの接種が、日本でも9月中から始まる。使用するワクチンは、米製薬大手モデルナが開発した「Spikevax bivalent Original/Omicron」で、オミクロン株の系統の一つ「BA.1」と従来株に対応する〝2価ワクチン〟と呼ばれるもの。
9月半ばに全国の自治体に発送され、まず基礎疾患を持つ18歳以上の成人、60歳以上の高齢者、医療・介護従事者に接種する。
モデルナの臨床試験によると、4回目のワクチン接種にこのワクチンを使用した人は、従来のワクチンを接種した人に比べて、BA.1の働きを抑える中和抗体の値が1・75倍になった。 ワクチン無接種者の中和抗体と比べると、8倍もの中和抗体が見られた。
さらに、オミクロン株の別系統の「BA.5」に対する中和抗体は1・69倍だった。つまり、いま世界で最も感染者が多い系統「BA.4」「BA.5」にも、効果があると見込まれている。
米国では今後このワクチン以外に、「BA.4」と「BA.5」対応型と言われる新ワクチンも普及させる予定だが、欧州や日本は、BA.1対応型でも(BA.4とBA.5に)十分効果があるとみて、BA.1対応型の接種を進める。
なお、このワクチンは接種から5~6カ月経過すると効果が弱まることから、厚労省は早くも5回目の追加接種を計画している。高齢者や持病がある人など、重症化の可能性が高い人が対象。オミクロン株対応のワクチンを使用する予定で、モデルナ製かファイザー製かは専門家の検討で決まる。
ワクチンを適切な間隔で接種すれば、中和抗体の値が維持され、重症化や死亡の可能性を減らすことができる。新しいワクチンが次々開発されているが、種類にこだわらず接種していくことが、感染予防の力を最大限に高めることになる。
引用文献:
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BECKY SULLIVAN, Aug 16, 2022 “The U.K. approved omicron-specific booster shots. They're coming to the U.S. soon” n.p.r. Science
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Zoey Becker, Jul 11, 2022 “Moderna's omicron booster triggers stronger response against subvariants than its original shot, company says” Fierce
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Alex Millson and Dong Lyu, Aug 16, 2022, “What You Need to Know About Moderna’s New ‘Bivalent’ Covid Vaccine” Bloomberg
Vol.50 「経鼻ワクチン、有力な感染予防に」
2022年9月22日 最終更新 セルスペクト(株)科学調査班編集
新型コロナウイルスの感染拡大を防ぐ有力な製品として、鼻の中に噴霧するタイプのワクチン(経鼻ワクチン)が、世界中で開発されている。
現在普及している、腕に注射するタイプのワクチンは、重症化や死亡を防ぐ効果はあるものの、ウイルスの侵入(=感染)を防ぐ効果については限定的だった。
経鼻ワクチンは、ウイルスの侵入口である鼻や、喉の粘膜の免疫力を高めるため、感染自体を防ぐことができるという。
注射型のワクチンを接種すると、血液中に「IgG」というタイプの抗体が増える。このIgGがウイルスの増殖を抑制し、重症化や死亡を防いでくれる。しかしIgGは、ウイルスの侵入口である「粘膜」には分泌されないため、感染自体を防ぐことは難しかった。
それに対し、経鼻ワクチンは、粘膜に分泌される抗体「IgA」を増やす作用のため、感染予防に非常に効果が高いと言われている。
中でも、「Toll(トル)様受容体 =TLR」※ の活性化剤を添加した経鼻ワクチンを使用すると、(添加していないワクチンの使用時と比べて)IgAとIgGの量が100~1000倍増えるとわかっている(米国科学振興協会の医学雑誌「Science Translational Medicine」参照)。
そのため、開発中の経鼻ワクチンは、ほぼTLR活性化剤が用いられている。
※ウイルスを感知して、免疫細胞を作動させる機能を持つたんぱく質
新型コロナウイルスが大流行するまで、経鼻投与型ワクチンの開発は非常に少なかった。米製薬大手アストラゼネカ社でも、インフルエンザ用の1種類しか販売していなかった。
新型コロナの登場から世界中で開発が進み、9月6日、ついにインドの製薬会社バーラト・バイオテックが、新型コロナ用経鼻ワクチンの販売に踏み切った。日本では塩野義製薬が、販売に向けて開発を進めている。
経鼻投与型ワクチンは、注射を打つ医療系人材が要らないため、医療環境が整っていない地域で普及させやすい。今後さらに感染力の強い変異株が蔓延する可能性がある中、投与が簡単で、感染自体を防ぐ経鼻ワクチンの開発にますます期待が寄せられている。
引用文献:
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BRITTANY L. HARTWELL et al., Jul 20, 2022 “Intranasal vaccination with lipid-conjugated immunogens promotes antigen transmucosal uptake to drive mucosal and systemic immunity” Science Translational Medicine
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Berkeley Lovelace Jr., Jul 19, 2022 “Nasal vaccines may stop Covid infections. Will we get them soon?” NBCNEWS
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Jessica Rendall, Aug 3, 2022, “Is There a Nasal Spray COVID Vaccine? Researchers Are Working on It” CNET