[おとり]にウイルスを呼び寄せてCOVID-19から人体を守れ
2020年8月21日最終更新 Cellspect Co., Ltd
コロナ禍の中、世界中の科学者が、できるだけ早く効果的な治療法を見つけようと努力している。これまでのところ、新型コロナウイルスは細胞表面の受容体に結合することにより細胞に感染することがわかっている。今、この受容体の[おとり]を作り、新型コロナウイルスの攻撃を阻止しようとしている研究者がいる。[1]
サイエンス誌8月4日号に発表された新たな研究によると、研究者らが設計した擬受容体である[おとり]に結合した新型コロナウイルスは、もはや培養皿中の霊長類細胞に感染することはないことを発見した。[2] [おとり]受容体は中和抗体と同じくらい強くウイルスに結合する。(中和抗体とは、ウイルスに結合し、細胞への感染を防ぐために体内の免疫系により作られるY字型をした分子である。)
この研究チームは、新型コロナウイルスSARS-CoV-2とSARS-CoVの両方に、SACE 2.v 2.4という[おとり]が強く結合することを発見した。この研究はごく初期段階であり、感染症治療薬として承認された[おとり]受容体はまだない。「もしこの[おとり]が培養細胞と同様に実験動物体内でも機能すれば、ヒトへのCOVID-19感染治療および予防法に発展する可能性がある。これが成功すれば、新しい抗ウイルス治療法として最初に認可された[おとり]となるだろう。」と、本論文著者Procko氏は述べている。
米国食品医薬品局 (FDA)は、再発熱・関節痛および眼炎症を引き起こす稀な疾患「家族性寒冷自己炎症性症候群」のような、炎症および免疫系と関係した疾患の治療に対し、いくつかの[おとり]受容体を承認している。[3] しかし、抗ウイルス治療として開発された[おとり]受容体は、歴史的に承認に大きな壁がある。
Procko氏は、抗ウイルス薬として成功するためには、[おとり]受容体が2つの主要な基準を満たさなければならないと指摘した。
第一に、自然の受容体はしばしば体内で複数の役割を果たすことを考えると、重要な身体機能を破壊してはならない。例えば、COVID-19が細胞への入り口として利用しているACE 2受容体は、血液量の制御と血圧の低下にも役立つ。ACE 2受容体に感染することでCOVID-19は体内のACE 2活性を阻害する ― [おとり]のACE 2受容体は、コロナウイルスに結合しないが受容体の役割を果たさせることで失われた活性の一部が取り戻される可能性がある、とProcko氏は述べた。しかし、[おとり]ACE 2受容体は予期せぬ副作用を引き起こす可能性もあるため、研究者らは動物試験や初期の臨床試験でこれらを観察する必要があることを、同氏は付け加えた。
[おとり]受容体は、投与しても安全であることに加え、標的とするウイルスに対し高い親和性を示す必要がある。つまり、ヒト細胞内でウイルスに強く結合することである。「親和性が高く良いバインダーは、素早くターゲットに結合し、ゆっくりとターゲットから離れる。」とProcko氏は言う。SARS-CoV-2に良く結合する[おとり]を見つけるために、Procko氏らは「deep mutagenesis」として知られる実験技術を用い、数千の不適切な模擬ACE 2受容体を除外した。その折、過去の研究でコロナウイルスの結合する強さに影響を及ぼすことが示唆されている、ACE 2受容体のヒトDNAの3レターセグメントについて、117カ所で変異を誘導した。この変異により引き起こされる各アミノ酸の変化が、ACE 2受容体とコロナウイルスとの結合にどのような影響が生じるかを調べることができた。
具体的には、変異型ACE 2受容体を持つ細胞を作製し、受容体結合ドメインとして知られるACE 2受容体に結合するSARS-CoV-2の部分に細胞を曝露した。彼らは、sACE 2.v 2.4がウイルスに対して最も高い親和性を示すことを発見した。その後、細胞に付着せずに体内に存在できる[おとり]を開発した。これは、医薬品となるには、結合していない受容体である必要があるためだ。
修飾されていないACE 2受容体と比較して、[おとり]受容体は、「全体のタンパク質配列の1%未満しか変化していない」とProko氏は述べた。治療薬として開発されれば、[おとり]受容体は注射投与されたり、霧状で吸入投与できる可能性が高いという。[おとり]受容体のような生物由来の薬剤は長寿命であることが多く、体内で1週間以上持続する可能性があるという。
[おとり]受容体は、COVID-19治療のために設計された抗体カクテルと同様の目的で使用され、SARS-CoV-2に異なる方法で結合する複数の抗体が含まれるが、サイエンス誌6月15日号に発表された報告によると、このウイルスは変異し特定の抗体から逃れることができるという。「[おとり]受容体のほうが長期的には信頼性が高いかもしれない。なぜなら、このウイルスはACE 2に結合しなくなるような変異を起こしにくいからである。」とProcko氏は言う。sACE 2.v 2.4がSARS-CoV-2とその前身であるSARS-CoVの両方に強く結合するという事実は、両ウイルスが細胞に侵入するためにACE 2を利用することを考えると、理解できる。
この研究の次のステップは動物実験を行うことであり、もし研究がヒトの治療に進めば、[おとり]が大規模で確実に製造できることを示さなければならない。Procko氏のチームはCOVID-19に感染したマウスを使った[おとり]の実験を始めており「まだ毒性は見られていない」と述べた。
引用文献:
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Nicoletta Lanese, Aug 12, 2020. “Decoys could trick COVID-19, keep humans safe from infection” Live Science press
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Kui K. Chan et al., Aug 04 2020 “Engineering human ACE2 to optimize binding to the spike protein of SARS coronavirus 2” Science. DOI: 10.1126/science.abc0870
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Cecilia Garlanda et al., July 09, 2013 “Decoys and Regulatory “Receptors” of the IL-1/Toll-Like Receptor Superfamily” Front Immunol. 4: 180.
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Alina Baum et al., June 15 2020 “Antibody cocktail to SARS-CoV-2 spike protein prevents rapid mutational escape seen with individual antibodies” Science. DOI: 10.1126/science.abd0831